ニュージーランドから帰ってきちゃいました

ジーランドでの約1年留学し終わったの大学生です。
帰国後は、普段思ったことをつらつら書いていこうと思います。

個人的恋愛観

最近ふと心に浮かんだことを書きます。 それは友達に彼氏や彼女のことをどう話すかということ。
なんというか、私は時々自分の付き合っている人について話す人を選んでいることがあります。(これは私だけの話じゃないんかな)例えば、自分の彼氏(ここでは面倒なので彼氏彼女って書かないで、彼氏で統一します)について初対面の時やかなり仲良くなる前から話してくる子がいます。そういう子にはやはり自分の彼氏の話が出来ます。でも一方で全く自分の彼氏の話や自分の恋愛観について話さない女子もいます。そういう子の前では、なんとなく自分の彼氏の話がしづらいのです。思うに、彼氏が出来る前の自分がそういうタイプ、つまりあまり恋愛などについて積極的に話すタイプではなかったからかもしれません。てか、もっと言えばあまり恋愛について話したがらないタイプでした。何故なら私は今まで彼氏が出来たことがなく、もっとはきり言えばそれに対してコンプレックスを抱いていたからです。私は、中高女子高で全く男子がいない環境で育ってきました。そして、共学の大学に入学しました。まあ何が起きるかというと、周りの友達はじゃんじゃん彼氏が出来ていくわけです。それに対して、私は、、、みたいな。なので大学に入ってからかなり恋愛の話に対して過敏なところがありまいた。まあもともと、母親もそうであるように私もそんな恋愛にすごい関心があるわけではありませんでした。そりゃあ人並みに彼氏は欲しいし、あああの人かっこいいなあとか、タイプだなあってことはもちろんあります。けれど、正直恋愛しなくっても生きていける。私の場合は勉強して、友達と遊んで、家族と過ごしてたまに旅行出来ればそれでオッケー。十分楽しい!と思えました。第一、これが私の中高6年間の過ごし方だったんだし、いきなり大学に入っていきなり変わるわけがありません。だから正直、そこまで恋愛にいれこめる人の気持ちが理解できなかったし、当たり前のように恋愛の話を振ってこないで欲しかった。皆、何人と付き合ったことある?とか。付き合った経験があるの前提かよ!みたいな。そして彼氏がいないことはすごく恥ずかしいことであるような気がしました。そして今。まあ色々あって幸運なことに彼氏が出来たわけです。私の立場は変わりました。恋愛の話が出来ない・したくない人間の立場から、恋愛の話が出来る・してもかまわない人の立場にです。けれど、その立場の変換が起きた今でも、私はいまだに恋愛の話が出来ない人の立場にいるような気がするのです。つまり、長らくそこにいたので、なかなか脱けだすことが出来ないのですね。更には、そちらの人たちの苦しみが分かってしまう。自分も全く同じそれを経験してきたから。恐らく、それで私は自分の付き合っている人の話を、ある人の前ではたくさんしゃべることが出来、ある人の前ではほとんど話さないということになるのでしょうね。
でも私はいつもつくづく思いますが、
彼氏とか彼女ってそんなに無理してつくるものではないと思うのですよね。私の意見としては。
まあ作りたいなら作ったらいいと思いますが、周りが作ってるから私も、みたいな
あせって作ったり、いないからといって自分を卑下しなくてもいいと思うのです。
そんな適当に作った彼氏と一緒にいて、
周りの人たちにはその人の話、つまり自分も恋愛活動をしているのだという証明をすることが出来ますが
特に合わない人と過ごす時間って、けっこうつらい気がします。自分の貴重な時間をすり減らしているような気もするのです。
それだったら自分がしたいことや自分を磨くことに時間を費やした方がもっと有意義なんじゃないかな、、、と思うのです。
ですが、この意見は私がいうとやはり上から目線なのかもしれません。私は結局なんやかんや付き合っている人がいるので、 そんなこといったてお前は彼氏がいるからいいよな、と言われたらもう何も言えません。なんの反論もできません。
でも、それでも、そりゃあ付き合う人が出来て、少しは変わってしまった部分もあるけど
でも思うのは 彼氏彼女を作らなきゃいけない!!! って、脅迫観念みたいに思うのはちょっと変だし、
そう思わせている社会もどうなんかな、と思うのです。


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